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2018/07/06 20:49

現代にある行事が江戸時代にはどのようにして行われていたのでしょうか。

そのころの暮らしを見てみたら今につながる何かが見えてくるかもしれません。今日は7月7日、そう七夕ですね。今年は織姫と彦星は無事に出会えるのでしょうか?

最近はめっきり出会えていないような…ちょうど梅雨の時期ということもあってなかなか難しいですよね。

それが江戸時代の七夕は、もっと高確率で2人は出会えていたみたいです。

それというのも、江戸時代の7月7日(旧暦)は、現代の暦(新暦)の8月9日にあたるからです。

改暦さえ行われなければ2人はもっと高確率で出会えていたというわけですね…


さらに、旧暦における四季の分け方は、春は1~3月、夏は4~6月、秋は7~9月、冬は1012月であったため、

旧暦の7月7日は季節としては秋に当たります。

私たちからすると、七夕といえば夏のお祭りという印象が強いですが、江戸の人たちからすると秋のお祭りでした。

これは結構驚きの事実ではないでしょうか!?

 

そもそも七夕の織姫と彦星の伝説の起源は中国にあります。

奈良時代に日本にわたり、江戸時代になって幕府が7月7日を重要な季節のお祝い日である「五節句」のひとつにしたため、

やっと庶民に広まりました。


現代の七夕といえば、笹の葉にお願い事を書いた短冊を飾りますよね。

これは、日本だけで行われている文化だそうです。

かつて平安時代には短冊ではなく梶の葉に詩歌や願いごとを書いていました。

もともとは、織姫にあやかって機織りや裁縫の上達を願うのが本流でしたが、時代とともに願いごとも多様化していきました。

 

ちなみに7月7日はそうめんの日でもあります。

それは『日本歳時記』(1688)の

「七夕にそうめんを食べるのは、七夕に索餅を食べるとおこり(熱病)にかからない、という中国の伝説に由来する」

とあることによります。この「索餅」こそがそうめんの原型といわれていますが、

実はどんな食べ物だったかはいまだに謎なんだそうです。

 

七夕も実はとても奥が深い行事でした。     

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